21歳だった。
初めての海外、初めてのひとり旅。
渡航情報ではレベル1、英語が通じない、どこか不思議な雰囲気を漂わせる未知の国『ロシア』を訪れた。
周りからは反対された。
ロシアは危険だ、女の子一人で、しかも初めての海外で、個人手配で行くような国ではない、と。
しかし、私は行った。
なぜロシアを選んだかというと、幼い頃からの憧れの地だったから。
この旅の目的はブルガリアだったので、トランジットではあるが、ビザをとってまでも絶対に行きたい場所があった。だからあえてトランジットの国はロシアを選んだ。
絶対に行きたかった場所、それは『聖ワシリー聖堂』。赤の広場や世界遺産クレムリンと言えば通じる人が多いと思う。
初めて聖ワシリー聖堂に出会ったのは、小学校低学年の頃、父が買ってくれたおもちゃのカメラだった。
そのカメラはファインダーを覗くと、世界の名所の写真が見え、シャッターを押すと次々と写真が変わっていく。
その写真の中で幼いながらも心惹かれたのが、聖ワシリー聖堂だった。当時、だれに見せても名前がわからなかった。
しかし、中学生になったある日、たまたまテレビを見ていると、それが映った。ようやく名前がわかった。本当に嬉しくて、涙が溢れそうだった。
それが私と聖ワシリー聖堂の出会い。
2018年7月26日
日本の成田空港をたち、ロシア モスクワのシェレメーチエヴォ空港に着いた。使用した航空会社はアエロフロートロシア空港。機内食はなかなか美味しかった。
そこからタクシーで聖ワシリー聖堂まで向かった。
タクシーに乗る前に料金の交渉をすることが大切。
私は最初日本円で10,000円と言われ、その場で相場を調べた。すると、大体の人が4,500円〜5,000円と言っていたので、それじゃ高すぎる、もう少し安くして欲しいと英語で交渉した。タクシーの運転手は首を傾げながらも、分かったと言い、交渉成立。
ロシアのタクシーは、というか運転事情は結構危険だった。
シートベルトはしない、携帯見ながら運転、音楽爆音、危険な車線変更、スピードが速い。
まあそれでも無事に生きてるので、それがこの国では当たり前なんだろうな。
降りる時には夜ご飯どうするの?よかったら連絡するから電話番号教えてと言われた。
危険を感じたので、私が逆に教えてもらい、終わったら連絡するといい、タクシーを降りてすぐに番号を消した。
無事に着いたが視線の奥に見える聖ワシリー聖堂へどう行ったらいいか分からない。地下に入り、適当に進むと、地上へ出る階段が。そこを登ると、無事に聖ワシリー聖堂に着いた。
夢みたいだった。今でも実感がない。憧れの地、建物、景色。
人はこんなにも現実を夢だと思えるのだろうか、そう思った。
新調したsonyのカメラで写真を撮りまくり、辺りの街やお店を散策した。印象的だったのは、日本とは違い宗教色が街に溢れていたところと、とても綺麗な紫陽花が咲いていたこと。
街は本当に綺麗で、さすがロシアと言っていいほど、ひとつひとつの建物が大きすぎてびっくりした。
憧れの場所に行くと、こんなにも感動したという一言以外に言葉が見つからないものだろうかと今でも思うが、本当に見つからない。
帰りはかなり苦戦した。
空港に行きたかったのだが、なかなか通じない。
たくさんの人に声をかけ、道を教えてもらったが、2時間ほど彷徨いようやく駅に行けた。とても分かりにくかった。
雨も途中降ってきたが、折り畳み傘を持って行っていたため難を逃れた。海外は天候が安定していないので、折り畳み傘は必須だ。この情報はネットでもよく見かける。
電車の中で、降りる駅の場所を隣に座っていた女性に尋ねた。すると女性はその駅になってから、声をかけてくれた。さらに乗り換え、空港直通の電車に乗る時、チケットを買う場所が分からずにいると、男性がわざわざ連れて行ってくれて、買ってくれた。電車では空港までの駅を向かい席の前に座っていた男性に尋ねると、途中で寝てしまっていた私をわざわざ着いたよと起こしてくれた。
ロシア人は冷たいと言うが、そんなことはなかった。
みんな暖かい人ばかりだった。
これこそステレオタイプによる差別、偏見。
空港について、いろんなお土産屋さんを回った。お腹がすいたが、お店があまりあいていなかったため、目の前にあったケンタッキーに入った。日本にもあるのに、、。
でも軽いカルチャーショックに陥っていた私には、日本でもお馴染みのお店が嬉しかった。日本とは違うメニューが並んでいたが、普通にチキンとポテトを購入。ポテトは日本のと違い細かった。チキンはあまり変わらない印象。
食べている時、近くに座っていたカップルの男性が店内の音楽に合わせ、即興ラップを歌っていて、すげえ!と感動していたのを覚えている。
その日はシェレメーチエヴォ空港の椅子で一夜を過ごした。
できれば特に海外の空港で無防備に寝ることは避けた方がいい。特に女性。
しかし、私はトランジットだし!という軽い気持ちで空港泊を選択した。とりあえず、キャリーケースは鍵を二重にし、手持ちのバックにも施錠。
手持ちのバックは肩にかけれるタイプだったのでかけたまま、大きいキャリーケースを抱きしめて眠った。
実際そういう人たちは大勢おり、きっとみんなお互いを信じ合って寝ているんだろうなと思った。海外の空港でも警備員が巡回しており、私はそこそこ安心して眠れた。
2018年7月27日
朝目覚めると、足元には鳩がいた。
プライオリティパスを持っていた私はラウンジで朝食を取り、ブルガリア ソフィアへ向かった。
初めての海外、初めてのひとり旅。
渡航情報ではレベル1、英語が通じない、どこか不思議な雰囲気を漂わせる未知の国『ロシア』を訪れた。
周りからは反対された。
ロシアは危険だ、女の子一人で、しかも初めての海外で、個人手配で行くような国ではない、と。
しかし、私は行った。
なぜロシアを選んだかというと、幼い頃からの憧れの地だったから。
この旅の目的はブルガリアだったので、トランジットではあるが、ビザをとってまでも絶対に行きたい場所があった。だからあえてトランジットの国はロシアを選んだ。
絶対に行きたかった場所、それは『聖ワシリー聖堂』。赤の広場や世界遺産クレムリンと言えば通じる人が多いと思う。
初めて聖ワシリー聖堂に出会ったのは、小学校低学年の頃、父が買ってくれたおもちゃのカメラだった。
そのカメラはファインダーを覗くと、世界の名所の写真が見え、シャッターを押すと次々と写真が変わっていく。
その写真の中で幼いながらも心惹かれたのが、聖ワシリー聖堂だった。当時、だれに見せても名前がわからなかった。
しかし、中学生になったある日、たまたまテレビを見ていると、それが映った。ようやく名前がわかった。本当に嬉しくて、涙が溢れそうだった。
それが私と聖ワシリー聖堂の出会い。
2018年7月26日
日本の成田空港をたち、ロシア モスクワのシェレメーチエヴォ空港に着いた。使用した航空会社はアエロフロートロシア空港。機内食はなかなか美味しかった。
そこからタクシーで聖ワシリー聖堂まで向かった。
タクシーに乗る前に料金の交渉をすることが大切。
私は最初日本円で10,000円と言われ、その場で相場を調べた。すると、大体の人が4,500円〜5,000円と言っていたので、それじゃ高すぎる、もう少し安くして欲しいと英語で交渉した。タクシーの運転手は首を傾げながらも、分かったと言い、交渉成立。
ロシアのタクシーは、というか運転事情は結構危険だった。
シートベルトはしない、携帯見ながら運転、音楽爆音、危険な車線変更、スピードが速い。
まあそれでも無事に生きてるので、それがこの国では当たり前なんだろうな。
降りる時には夜ご飯どうするの?よかったら連絡するから電話番号教えてと言われた。
危険を感じたので、私が逆に教えてもらい、終わったら連絡するといい、タクシーを降りてすぐに番号を消した。
無事に着いたが視線の奥に見える聖ワシリー聖堂へどう行ったらいいか分からない。地下に入り、適当に進むと、地上へ出る階段が。そこを登ると、無事に聖ワシリー聖堂に着いた。
夢みたいだった。今でも実感がない。憧れの地、建物、景色。
人はこんなにも現実を夢だと思えるのだろうか、そう思った。
新調したsonyのカメラで写真を撮りまくり、辺りの街やお店を散策した。印象的だったのは、日本とは違い宗教色が街に溢れていたところと、とても綺麗な紫陽花が咲いていたこと。
街は本当に綺麗で、さすがロシアと言っていいほど、ひとつひとつの建物が大きすぎてびっくりした。
憧れの場所に行くと、こんなにも感動したという一言以外に言葉が見つからないものだろうかと今でも思うが、本当に見つからない。
帰りはかなり苦戦した。
空港に行きたかったのだが、なかなか通じない。
たくさんの人に声をかけ、道を教えてもらったが、2時間ほど彷徨いようやく駅に行けた。とても分かりにくかった。
雨も途中降ってきたが、折り畳み傘を持って行っていたため難を逃れた。海外は天候が安定していないので、折り畳み傘は必須だ。この情報はネットでもよく見かける。
電車の中で、降りる駅の場所を隣に座っていた女性に尋ねた。すると女性はその駅になってから、声をかけてくれた。さらに乗り換え、空港直通の電車に乗る時、チケットを買う場所が分からずにいると、男性がわざわざ連れて行ってくれて、買ってくれた。電車では空港までの駅を向かい席の前に座っていた男性に尋ねると、途中で寝てしまっていた私をわざわざ着いたよと起こしてくれた。
ロシア人は冷たいと言うが、そんなことはなかった。
みんな暖かい人ばかりだった。
これこそステレオタイプによる差別、偏見。
空港について、いろんなお土産屋さんを回った。お腹がすいたが、お店があまりあいていなかったため、目の前にあったケンタッキーに入った。日本にもあるのに、、。
でも軽いカルチャーショックに陥っていた私には、日本でもお馴染みのお店が嬉しかった。日本とは違うメニューが並んでいたが、普通にチキンとポテトを購入。ポテトは日本のと違い細かった。チキンはあまり変わらない印象。
食べている時、近くに座っていたカップルの男性が店内の音楽に合わせ、即興ラップを歌っていて、すげえ!と感動していたのを覚えている。
その日はシェレメーチエヴォ空港の椅子で一夜を過ごした。
できれば特に海外の空港で無防備に寝ることは避けた方がいい。特に女性。
しかし、私はトランジットだし!という軽い気持ちで空港泊を選択した。とりあえず、キャリーケースは鍵を二重にし、手持ちのバックにも施錠。
手持ちのバックは肩にかけれるタイプだったのでかけたまま、大きいキャリーケースを抱きしめて眠った。
実際そういう人たちは大勢おり、きっとみんなお互いを信じ合って寝ているんだろうなと思った。海外の空港でも警備員が巡回しており、私はそこそこ安心して眠れた。
2018年7月27日
朝目覚めると、足元には鳩がいた。
プライオリティパスを持っていた私はラウンジで朝食を取り、ブルガリア ソフィアへ向かった。


